カレル橋

12世紀来ここに掛かっていた当時ヨーロッパ最長514mのユディット橋が、1342年の洪水で倒壊し、15年後、神聖ローマ帝国皇帝になったボヘミア王カレル四世が帝国の首都プラハに相応しい中世都市計画の一環として建造したのが、この全長520m幅9.5mの石の橋、カレル橋だ。橋が二度と倒壊することなきようにとの願いを込め、カレル四世は補強強化のため石を繋ぐモルタルに生卵を混ぜるように命じ、建築家ペトル・パレルーシュは更にワインも混ぜ合わせ、建設初日の1357年7月9日5時31分(1357,9th July,at 5:31)には、カレル四世自らの手で最初の礎石が置かれる。明け方朝日に霞む川面や照らされた対岸の丘に浮かぶプラハ城を眺めながら渡るもよし、毎朝10時から18時までカレル橋芸術家協会がライセンスを発行して店開きさせている露店が並ぶ賑やかな橋を渡るもよし、日没後も照明に浮き揚がる幻想的なプラハ城の夜景を眺めながら漫ろ歩くもよし、野外ギャラリーのように並ぶ彫像は片側15片側15で計30体。十字架広場側から左手、ピエタの十字架像を入れ五つ目にあるのがフランシスコ・ザビエル、ザビエル像に向って左り角にはプラハに三つある日本人の彫刻の一つがある。この昔の王道でもある橋は今も四季を通じて観光のメインストリートだ。南上流左手カレル橋袂の掻き落し装飾壁画のある建物がスメタナ博物館、一つ上流のレギー橋左手川縁には黄金の冠を戴く国民劇場、中央の中州射撃島を挟んでレギー橋右手には、昔、水車小屋だった白亜の現代美術館・カンパミュージアム、その手前にはトム・クルーズ主演の映画ミッションインポシブルに出てくる迎賓館リヒテンシッタイン宮殿、北側一つ下流のマーネス橋の右手橋の袂にはチェコフィルの本拠地ドヴォジャーク・ホールのある芸術家の家ルドルフィヌム、川はやがて北のドイツ国境を越えエルベ川と名前を変え、ドレスデンを抜け、デンマーク付け根西側の蒙古王・ハンの城との名を持つ、ハンブルグで北海にそそいでいる。
 一三五 七九七五 三一哉

詳細
オーディオ再生