スタヴォフスケ劇場

1781年、まだドイツ語でしか上演が許されなかった頃、熱心な芸術庇護者ノスティッツ伯爵が皇帝ヨーゼフ二世の許可を取り付け、アントニン・ハフェネッカーの設計で建設された。当時中央ヨーロッパでは一番大きな劇場で、ウィーンでは政治的思惑も絡み不評だったモーツアルトの「フィガロの結婚」で大成功をおさめ、1787年10月29日モーツアルトの指揮で彼のオペラ「ドン・ジョバンニ」がここで初演される。建物正面左手に蹲っている初演記念碑のブロンズ像は面白い。よく見ると顔がなく、マント一枚だけでできている。この「世界は舞台、人みな役者」とつぶやきながら虚実皮膜の舞台を牛耳る運命の女神の顔の空洞にコインを投げ入れ名前を告げると、その夜、夢に現れて、貴方を主人公にした妙なるお芝居を見せてくれると云う。1813年からは、オペラ「魔弾の射手」で名高いカール・フォン・ウェーバーが、三年間、指揮者を務め、やがてワーグナー、ベルリオーズ、リストもこの劇場でチェコに紹介されることになる。その後ティル劇場と名前を代え、1834年そのカエタン・ティルの書いた喜劇「フィドロヴァチカ・春の祭り」の劇中歌として、突然盲目の老人が登場して歌うフランティシェク・シュクロウプ作曲「わが家はいづこ」の歌は、並み居る観客も総立ちになって歌い始め、その勢いで1918年独立したチェコスロヴァキア共和国の国歌になってしまう。まだ旧ソ連時代の1984年、アメリカに亡命していた映画監督ミロス・フォアマンの映画「アマデウス」の鬼気迫る幻想的なオペラのシーンはこの劇場で撮影され、その時は観客席は赤一色だったが、体制が変わった翌年1990年に青色に張り替えられた。ところで、マントだけでできた女神の顔の穴に投げ込まれたコインは一体どこへいくのだろうか。金は天下のまわりもの、夜、ちまたをさまよう物乞いの渇いた喉や空かした腹に、一杯のビール、一切れのパンを恵んで、まわっていくのだろうか。
 一粒の 歌ふコインの ディヴァドロ・ジヴォタ(人生劇場)

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