ネルドヴァ通り

城下小地区からプラハ城へ向かってまっすぐ伸びているローヤル・ストリート唯一の坂道、それが絵のような家々がまさに絵巻物のように続くネルドヴァ通り。1742年ボヘミヤ王も兼ねたマリア・テレジアの戴冠式のパレードの際は、テレジア自身は十二頭立ての馬車に乗り、三千頭の馬を連ねて登って行った。立ち並ぶ家々は表面的には華やかなバロック・スタイルだが、バックグラウンドや基礎的な部分にそれとなく隠されているそれ以前の時代の名残が、しっとりとした落ち着いた独特な雰囲気を醸し出している。通りの名前も中間地点までの広めの方がストラホフ通り、そこから先のやや細めの方がオストルホヴァ通りだったが、19世紀末にこの通りに住んでいた作家兼ジャーナリストで、この城下小地区界隈に暮らす市井の人々の生活を流麗な文体で綴ったヤン・ネルダにちなみ、ネルドヴァ通りと改称され、現在は様々な家紋が次から次へと見られる家紋通りとしても知られている。マリア・テレジアが街の建物に数字を付けるように命令するまでは、これらの家紋は家々の所有者の地位や職業や時には名前までも表す、識別標識として番地代わりにつかわれていた。通りの中程に、18世紀チェコ・バロックの建築家ヤン・サンティーニとジャン・マテイのコラボレーションによる教会・絶えざる救済の聖母マリア教会がある。内部装飾はマテェイ・ヤェクル。この教会のオルガンにはなぜか一度聴いたら忘れられない、教会と一体化したかのような共鳴感のものすごい、なにかはかりしれない響きがある。
 そこはかと なくオルガンの すさまじく

詳細
オーディオ再生