パラツキー広場

ヴシェフラドのヴィートン駅から市電で一つ目のこの河岸の広場のあたりは実は9mも低かったが、1845年に川が5mも上昇するというプラハを襲った洪水の後、整然とした正方形で現在の高さに整備構築され、40年後にはフランティシェク・パラツキー像も置かれる。このなにか嵐のような群像彫刻の斜め後方の建物の背後から、長さ32mのコンクリートの角のような屋根が地上52mの高さに突き出ている。スラヴの聖母マリア教会付属ベネディクト修道院エマウジの屋根で、その屋根が超モダンなのは、第二次世界大戦中連合軍のドレスデン空爆の際、間違ってプラハを誤爆したパイロットのせいだ。パラツキー橋を渡れば、市電駅二つ目で、対岸のプラハの街の地ビール・スタロプラメン製造工場と工場直営のビール博物館や、モーツアルトがドン・ジョバンニ初演の際に滞在したドフェック夫妻の別荘ベルトラムカのある繁華街アンデェルに至る。

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