プラハ中央駅

駅へは、ヴァーツラフ広場からなら東のワシントノヴァ通りを行くとすぐ公園になり、その公園からだと交通量の激しい自動車通りを渡らずにそのままモダンな地下鉄C線のフラヴニー・ナードラジー駅もある駅構内にスムーズに入ることができる。この中央駅は最上階に列車が発着するプラットホームが七本あり、蒸気機関車が懐かしくなるような高く鉄骨をくみあげたその最上階へ駅構内からエスカレータであがると、見事なアール・ヌーボォの彫刻壁画と丸天井のある、小窓を並べた昔の切符売り場がある。そこから外へ出た駅正面には、左右にアーチ型の窓がずらりと並び、その上にこの駅が建てられた百年前の、当時の世界各国の人々の顔がレリーフになって飾られている。向って左手には男たちの顔、右手には女性の顔が、ずらりと並んでいるのだが、右手二番目に、なんと日本の女性の顔がある。だが左手男性側にはあいにく日本男児の顔はないので百年前には日本の婦人の方は国際的だったという証明になるのだが、その頃、国際的だった日本婦人はといえば、香水ミツコにもその名を残す、青山光子がいる。東京、四谷の骨董屋で店番をしていたところ、訪れたオーストリー・ハンガリー帝国の外交官、クーデンホーフ=カレルギー伯爵がとりこになり、中央ボヘミアのイフラヴァで生まれた音楽家マーラーも活躍していた前世紀末のウィーンに連れて帰り、ヨーロッパ社交界の花形となる。そしてふたりの間に生まれた息子、次男のリヒャルト・クーデンホーフ=カレルギーの考えた汎ヨーロッパ、ヨーロッパはもともと一つなのだという構想が、やがて現在のEUとして姿を現す。つまり今のEUのヴィジョンの基には、和を以って貴しとする日本の血も半分入っていることになる。二人が暮らしていた館は、実はこのボヘミア、プラハの西方、ドマジュリツェ近郊の静かな村、ポビェジョヴィツェに、ひっそりと佇んでいる。
 見回せば 人も星も たね一つ

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