ヤン・フス像

旧市街広場の中央やや北寄りに置かれた巨大なモミュメントが、1915年、彫刻家ラディスラフ・シャロウン作のフス群像。すくっと南を見据えて立っているのが、マルティン・ルターより百年前に宗教改革の口火を切ったヤン・フスで、その部分が彼の死後5回にわたる十字軍をことごとく撃退したフス戦争の勝利を、後方の群像はその200年後の30年戦争のあとに、亡命を余儀なくされたボヘミアのプロテスタント系の人々を、それぞれ象徴的に表現している。ヤン・フスは南ボヘミアの寒村フシネツで生まれ、カレル大学神学部を卒業後、総長を務めるが、やがてべトレヘム礼拝堂で肥大化した教会組織に蔓延していた、主に免罪符をめぐる理不尽を糾弾し、聖書の原点、特に新約に記されたキリストの言葉をもとに説教を始める。当時、やはり教会の権限に不満のあったカレル四世の息子、ヴァーツラフ四世の治世下、彼の訴えは広範な人々の共感を呼ぶが、王の死後、1412年、コンスタンツ宗教会議に呼び出され、1415年火あぶりの刑で処刑される。彼が書き残した数多くの教会批判や教会改革案は、やがてドイツへ広がり、マルティン・ルターの宗教改革のうねりへと引き継がれていくことになる。ヤン・フス像の南東数歩のところには、チェコ共和国の首都プラハを通る東経14度30分を示す敷石に嵌め込まれた子午線を見ることができる。
 発起人 素数のやうに 單に立ち

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