ロレタ

1618年5月23日、プラハ城で起きたチェコの百人に及ぶプロテスタント貴族による2名のカトリック国王参議官窓落し事件で始まった三十年戦争は、ボヘミアでは1620年のビラー・ホラーの戦いで勝敗が決し、以後急速にカトリック化がすすむことになる。その一つが五十か所にのぼる、サンタ・カサの伝説に裏付けられた巡礼地ロレタの建設で、このプラハのロレタはその熱心な推進者でもあったカテジナ・ロブコヴィツ夫人の潤沢な資金により1626年に建立された。教会のようにも見える巡礼地を取り囲む建物は訪れる巡礼者たちの雨宿りのためにと、宿泊所や僧院を兼ねた回廊として20年後に建てられたもので、巡礼地である聖なる家サンタ・カサは中庭にある四方を灰白色の化粧漆喰細工で飾られた建物の内部で、なぜ聖なる家というかというと、天使ガブリエルがマリアに受胎告知をした家を、1278年に天使がナザレからイタリアの小さな村ロレタに移したと云う、その家のコピーだからで、漆のように赤い祭壇は銀製で木の彫像が収められている。中庭にはその他にキリスト復活と聖母昇天をモチーフにした二体の噴水があるが、なにか鍾乳洞を外側へ剥き返したような、まさにバロックとしかいいようのない迫力がある。中庭を囲む回廊二階には、ミサの時にキリストに見立てて祭壇に置く聖体顕示台のコレクション、その一つは6222個のダイヤモンドを鏤めプラハの太陽と呼ばれているが、他にロブコヴィツ家寄贈の黄金の聖杯をはじめ、回廊に並ぶ祭壇、天井や壁を彩るフレスコ壁画など、どこもかしこもバロック一色で、特に回廊東側中央のキリスト降誕教会内部は絢爛豪華、濃密緻密な蟻の這い出る隙間もなくバロックで、思わず、ロレタを見るまではバロックと言うな、などと呟きたくなる。しかしバロックに酔いしれた目が、ふと祭壇に移ると、思わず息を飲む。祭壇に掲げられた画家ヤン・ハインシュ作キリストの降誕に描かれた黒衣のマリアの、そのあたりに充満する雰囲気をも圧倒する清楚な姿は、ただ美しいの一言に尽きる。回廊に聳える塔の鐘楼には27の鐘が吊られ、階下の鍵盤に細いロープでつながれ演奏もできるが、毎定時にはオルゴール仕掛けの自動演奏で、マリアが幼子イエスに口遊んでいたかのような歌が厳かに鳴り響き、それに合わせて、回廊入口正面に並んだ26体の天使の石像が、みな思い思いの表情、仕草で、遊び、踊るかのように、微笑みはじめる。
 みななみの うたたうたかた モナモナリサ

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