火薬塔

市民会館の左に聳える黒い塔、それが昔の旧市街への入口ゲートで、1475年に建築家マテェイ・レイセクの手になるゴシック様式の街の門だったが、マリア・テレジアの時代にプロシャとの戦争に備え火薬貯蔵庫として遣ったため、以来火薬塔と呼ばれる。19世紀にネオ・ゴシック様式で改装され、戴冠式に臨むボヘミア王の華やかなパレードのスタート地点でもあった往時を偲ぶかのように、塔は各時代のエポックに君臨した四人のボヘミア王の彫刻で飾られている。広場に面した塔の東側には、哲学者カントが生まれた現カリーニングランドのケーニヒスベルグの街をつくり、十三世紀にボヘミアを北のバルト海から南のアドリア海まで広げたオタカル二世と、十四世紀にプラハを神聖ローマ帝国の首都に定め都市計画により黄金の都プラハと呼ばれる現在の街の基礎を築いたカレル四世の二体の像が、ツェレトナ通り側の西側には、十五世紀に一世一代のプロテスタントの王として争いによらず話し合いによる和平を説いた現EUの最初のアイデアともいえる発想を持ったポデェブラディ王と、十六世紀にポーランドとボヘミアの王として、プラハ城の王宮を騎士の馬上槍試合のためのいわば全天候型大体育館に改造し、自らはここにあった街中の王宮に住むことを好んだヤギェロ王の像が立ち、日々、塔の下を行き来する人々を見守っている。
 道ゆかば 街が詩になる 詩が街になる

詳細
オーディオ再生