黄金の小道

黄金の小道が現在目にするようなカラフルなパステルカラーで彩られ、おとぎ話の雰囲気を醸し出す小物店の並ぶ通りに変身したのは、幻想的なチェコ人形アニメーションの第一人者で絵本作家でもあったイジー・トルンカの考案・彩色による。もともと16世紀にはお城の射撃兵達が住んでいて、皇帝ルドルフ二世の招きでプラハにやって来た錬金術師達が住んでいたのも、実は聖ヴィート大聖堂左手横のミフルカ・タワーのあるヴィカールカ小路の方だった。しかしトイレもない小さな家々が城壁に嵌め込まれたように並んで建つ不思議な雰囲気がいつしか噂が噂を呼び、石を黄金に変え、最終的には不死をも実現すると云う賢者の石を作り出す錬金術師への連想を生み、黄金の小道と呼ばれるようになる。その一人に、1830年にここで起きた火災事件の当事者ミスター・ウーデがいる。錬金術の魅力に憑りつかれたウーデ氏は、ボタンが一つもない長い黒いコートを羽織り、長くて白い髭を垂らし、日夜家に引き籠り実験に没頭していたが、或る夜、突如爆発が起こり火事になる。駆けつけた人々は道端に飛ばされたウーデ氏を見つけ、虫の息の彼の体を仰向けると、煤で汚れた顔にはかすかな微笑みが浮かび、手にはしっかりと小さな黄金を一粒、握っていたと云う。その後、通りはますます寂れ、貧しく、非衛生になっていったが、19世紀末になると、当時のロマンチシズムの風潮の煽りを受けアーティスト達が住み始める。そして1917年には作家フランツ・カフカが22番地の家で短編「田舎の医者」を書き、近年ではノーベル賞作家ヤロスラフ・サイフェルトもこの小道で詩作に励み、小道の中程の黄色い家にはルネサンス時代の酒場が、その隣には錬金術師の家が、さらにその隣にはトランプ占いをしていたおばあさんの家まで再現され、回転式の木の銃眼が並ぶ城壁二階の、昔は囚人も引きずって行き来していたという廊下も歩ける、いまや賑やかな小物店の並ぶ観光地として一躍脚光を浴びるようになる。
 花やかに 妖しくつづく 物語

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